西欧の馬車をヒントに文明開化

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 腰掛け付きの二輪車に客を乗せて車夫が引いて走る人力車、これは欧米文化の伝来ではなく、東京の日本橋で料理人をしていた和泉要助ら3人が1869年(明治2年)に、街を行き交う西洋の馬車や荷車をヒントに発明したものです。


 和泉らは70年に東京府から許可を得て日本橋で営業を始め、当初は物珍しさもあって多くの江戸っ子が見物に集まったそうです。恥ずかしさから乗る人は少なかったようですが、すぐに速くて小回りが利く便利さから人気を呼びました。営業開始からほどなく、東京だけで1万台を超えるなど爆発的に普及しました。明治の時代まで交通手段の主流だった駕籠に取って代わり、ヨーロッパやアジアの国々に輸出され、海外では「リキシャ」の名前で親しまれました。


 鉄道などの交通網が発達した後も活用され続けましたが、タクシーなどが登場すると乗客を奪われてしまい業界は衰退して行きました。現在は、東京の浅草や京都などの観光地に訪れた外国人らを乗せて、日本流のおもてなしに一役買っています。

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