テーマ:雑記

もうすぐオリンピック、競泳の歴史は?

 その歴史は、意外に浅いもので19世紀前半の英国で行われた賭け水泳がルーツなんです。泳ぐ行為自体は、古くは古代エジプトの神聖文字(ヒエログリフ)に描かれていて、古代ギリシャでも「文字も泳ぎも知らない者は無教養だ」とされた記録が残っています。  しかし、これらは生活や軍事上の必要で行われた実用的なもので、日本でも同様に、庶民…
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板チョコがヒントで世界的な発明誕生

 切れ味が落ちたら刃を折って新しい刃を使うカッターナイフ、このタイプの製品は昭和30年代の日本で生まれたものです。開発したのは、大阪の印刷会社に勤めていた岡田良男という人で、着想のヒントは当時の靴職人が使っていた「ガラス片」と、かっての進駐軍の兵士が食べていた「板チョコ」でした。  ガラス片は、職人が靴底を削り取るのに打製…
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目隠しに防犯に、画期的技術だった

 建物や出入り口、窓などに設置され、使わない時は巻き上げて収納する「シャッター」は、1830年代の英国で誕生しました。長年にわたって、引き戸か開き戸しかなかったそれ以前に比べて、当時は大変な技術革新でした。60年代にはロンドンやパリなどの各地の万博にも出品されました。建具の歴史に詳しい東京理科大名誉教授・真鍋氏によると、初期のも…
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完全週休2日制の起源は

 主に土日を休みとする「完全週休2日制」が、本格的に導入されたのは第一次世界大戦後です。空前の好景気を迎えていた1920年代の米国で、急成長していた大手自動車メーカーの「フォード」が生産性の向上や余暇の消費活動を狙って実施したものです。  キリスト教の国では、古くから日曜日を安息日とする習慣が根付いていました。しかし、近代…
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弁慶の逸話に始まる

 全長2メートル余りの長い柄に反り返った刃をつけた薙刀は、日本発祥の伝統的な武器です。平安末期に、主君の源義経を守るべく、敵の矢を浴びながらも薙刀を支えに立ったまま絶命した武蔵坊弁慶の「立ち往生」の逸話で知られています。初めて薙刀が文献に登場したのもこの頃です。「俗に奈木奈多と号す」と、万葉仮名で記されています。    …
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幼稚園はいつから始まったか

 未就学児童向けの教育機関の幼稚園、それは1840年に「幼児教育の祖」とされるドイツの教育者フレーベルという人が創設しました。施設名は、ドイツ語で「子どもの庭」を意味する Kindergartenで、英語も同じ表記となり、日本語の「幼稚園」の語源にもなっています。  京都市学校歴史博物館によると、日本では1875年(明治8年…
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酒マンが発祥の起源

 あんパンといえば、「木村屋」といわれるほど有名になった東京・銀座の木村屋総本店は、明治初期に創業者の木村安兵衛と英三郎親子によって考案されたものです。 二人は、文明開化で庶民の口に入るようになったパンを日本人向けに改良する中で、パン酵母の代わりに米、水と糀で作った酒種を生地に混ぜて発酵させる方法を思いついたのです。 昔なが…
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歴史は古く、室町時代の文献にも

 今では、あまり見られなくなった伝統的な正月の遊び、「羽根突き」に使われる道具は羽子板、年の瀬にはその年の話題の人物を飾りにあしらう「変わり羽子板」も人気です。  古くは、室町時代の国内の文献に羽根突きの記述が残っています。 古代の中国には、羽根が付いた玉を足で蹴り合う子ども遊びがありました。それが日本に伝わった後に、羽子板…
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歴史の新しい過酷な競技とは

 トライアスロン、その競技は屋外での水泳と自転車と長距離走の三つを続けて行う競技で、ラテン語の3(トライ)と競技(アスロン)を組み合わせて名付けられたものです。 歴史は新しく、1974年に米国のサンディエゴの陸上クラブが主催したのが最初です。有名になったのは1978年、米国ハワイで総距離約226キロメートルの「アイアンマン(鉄…
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自動車の普及に対応策として

 60年代の高度成長期に入り、自動車が一般家庭にも普及して都市部の駐車場不足が社会問題にもなり、狭い土地に多くの台数を収容できる機械式の立体駐車場が開発されました。 日本で初めての立体駐車場は1929年に東京の丸の内に作られた「丸ノ内ガラーヂ」といわれるものです。これは鉄筋コンクリート6階建てのビルの中に車を運転して入り駐車する方…
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日本では、江戸時代にもあった商品券

 主に贈答品として使われる商品券は、江戸時代中期に商業が発展した江戸や大坂などの大都市を中心に、その原型があったと確認されています。物品と交換できる権利を小さな紙片にして相手に贈る「商品切手」と呼ばれていました。  大阪市大名誉教授の石原氏によると、店にとっては品物を渡す前に代金を得られる利点があり、「コメ」「豆腐」「…
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日本独自の大切な手帳とは

 母子手帳は、1948年から作られ、妊娠や出産、子どもの1冊に記録する手帳で、日本独自の画期的な取り組みです。その原型になったのは、戦時中に発行された「妊産婦手帳」だそうです。母子の健康状態を記すだけでなく、米や砂糖などの配給を特別に受けることが出来たのです。初期の手帳には、元気な赤ちゃんを産むための心得のほか、当時の国策として銃後…
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米国で始まったドライブスルー、日本では

車に乗ったまま注文して、品物を受け取るドライブスルーは1930年代に米国で始まりました。 日本では、65年に、東京日本橋室町の「山本海苔店」が導入したのが最初だそうです。 山本海苔店によると、役員が視察に赴いた米国で飲食店などで行われているドライブスルー方式に目が留まり、会社の新社屋をオープンする際に、社の裏口に開設しまし…
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コーヒーといえば、この国でしょう

 コーヒーを飲むといえば、喫茶店、1554年に現在のトルコのイスタンブールに初めてできました。この店は豪華な内装で人気となり、宮廷人や商人らの溜まり場になったそうです。その後、17世紀頃になると、イタリアなど欧州にカフェが相次いで誕生しました。  日本では江戸時代に、お茶や軽食を出す「水茶屋」というのがありました。1888…
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天然記念物という言葉を使った人とは?

フンボルト ヤンバルクイナ(天然記念物)  天然記念物という概念を初めて用いたのは、ドイツの地理学者フンボルトという人です。 1800年、旅先のベネズエラで珍しい巨木に目が留まり、傘状に直径60メートル近く広がる見事な枝を見て「この天然記念物を冒涜するものは厳しく罰せられる」と著書の中で述べ、保存を求めました。  欧…
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刺身は、日本だけのものではなかった

 刺身は、古代・中国で生の魚を細切りにして酢であえるなどした「なます」が伝わり、独自に発展したと言われています。国立民族学博物館の石毛名誉教授によると、魚を生で食べる料理は世界各地にあるそうです。  万葉集には当時、生のタイに薬味をつけて食べていたことが推測される歌が収められていて、呼び名が文書に初めて登場したのは14世紀…
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米のブランド時代が来た

 コメの品種改良は明治時代から行われて来ましたが、味の良い「ブランド米」というのが普及したのは、40年代のことです。戦後の食糧難が一服してコメが余るようになり、自由に売買できる自主流通米制度が1969年(昭和44年)に始まり、新潟県の「コシヒカリ」、宮城県の「ササニシキ」などの人気に火がつきました。  農業・食品産業技術総…
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平安貴族の身近な暮らしとは

 和室には欠かせない座布団のルーツは、平安時代に貴族が使った高級品「茵・しとね」とされています。座布団メーカーの森製綿所(東京)によると、茵は当時、貴族が敷き布団として使ったむしろや薄畳を1辺約1メートルの正方形にして、布をかぶせたものでした。縁は位により黄絹や紺布などと決められ、権威の象徴でした。  江戸時代になると…
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日本の創作玉子料理とは

 好きな人も沢山いると思われるオムライス、その起源はれっきとした日本発祥の創作料理なんです。卵でご飯を包んだ今の形は、記録をたどると大正時代末期の料理本に「オムライス(卵と肉の飯)」として、調理法が紹介されています。  その少し前に、大阪の洋食店「パンヤの食堂」(現在の北極星)で、胃の具合が悪かった常連客が毎回オムレツとご…
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今や全盛時代で消費を推進

 財布の中に入れて持ち歩くポイントカード、その始まりは1850年代に米国の業者が間違って大量に仕入れた石けんの在庫を少しでも減らそうと、購入者に景品と交換できる特典付きのクーポン券を配ったサービスからです。  小本駒沢大教授によると、クーポン券によって客を店に取り込む効果が出ると、米国や英国で新たにスタンプカードが登場…
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かのエジソンが発明したもの

 米国の発明王・エジソンが1877年に発明したのが、音を記録して再生する道具す。 今のレコードとは違い、真鍮製の円筒に錫箔を巻いたもので、それを公開したエジソンは実際に「メリーさんの羊」という歌を歌って実演したそうです。彼は、音楽再生より語学の教材といった実用品を考えていたといわれます。  ただ、円筒形だったため大量生産…
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川の名を商標登録したツイードとは

 服の生地で定番のツイード、もうすぐ着る人もあるでしょう。それは、スコットランドとイングランドの境目に流れるツイード川のほとりで生まれました。 羊毛の刈り取りから織り上げまで行う家内工業の形は18世紀半ばまでに確立されたようです。初めはスコットランド語で、織り方の「綾織り」を意味する「tweel」と綴られていたそうです。 し…
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米軍の糧食として開発されたレトルト食品

 最近人気を集めている「レトルト食品」、冷蔵、冷凍が必要な真空パックとは違って、常温で保存可能な袋詰め食品です。1950年頃、米陸軍の研究所で缶詰に代わる糧食として開発が始まりました。「レトルト」とは、元々高圧釜の呼び名です。そこから「レトルト食品」とか「レトルトパウチ食品」などの名が付いたそうです。  日本缶詰ビン詰レト…
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みなさん、活用してますね

 手帳といえば、日ごとに予定や出来事を記入して、便利に使われていますね。 これが初めて市販されたのは、1812年の英国ロンドンでした。文具店に「商品の在庫や帳簿の記録を書き留めたい」という声に押されてがきっかけとなりました。売れ行きは上々で、店主のレッツが起こした会社の製品は、今でも世界で愛用されています。  日本では江…
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今も活躍するオフィス機器とは

 今やインターネットの全盛時代、その中にあって今もなおオフィスなどで使われているファクシミリ、つまりファクスは、ラテン語で「同じものを作れ」を意味するそうです。英国人の技術者が、電話の登場よりも33年前の1843年に発明しました。  NTT技術資料館によると、当時は金属上に絶縁体で文字を書き、電気を流して信号を送受信す…
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最近は使われているの?

 マッチの原型は、1827年に英国の薬剤師によって発明されました。 日本燐寸工業会によると、先端に塩素酸カリなどの薬を付けた軸木を、ガラス粉を付けた紙でこすって着火させたそうです。ただ、「着火は簡単だが自然発火はしにくい」という簡便さと安全性を両立させるために、多くの学者らが数十年にわたり、軸木に付ける頭薬の成分などの試行錯誤…
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ラヂオ焼きから発展した「たこ焼き」とは

 ラヂオ焼きとは、一体何ぞや? 大正時代から人気があったのがラヂオ焼き、くぼみが付いた鉄板に小麦粉の生地を垂らして、ひっくり返しながら焼き上げます。コンニャクやエンドウ豆などを入れていたそうです。  昭和初期に大阪で、屋台の店主らがこのラヂオ焼きにタコを入れて売り出しました。これがタコ焼きの直接的なルーツとされています。…
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スリル満点のレースですね

 世界初の本格的な自動車レースは、1895年にフランスのパリとボルドーを往復する約1200キロのレースでした。前年にやはり同国で、ガソリンエンジンや蒸気機関などの動力優位性を競う目的の約130キロレースが行われ、人々の関心が高かったことが開催につながったそうです。その後、公道を使った都市間のレースが続きましたが、見物客が自動車に…
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古代ローマからあったマンホール

 マンホールは、下水道などの水路を点検、整備するために、人が出入りできるように設置された穴です。 その起源は、紀元前のメソポタニアと古代インドが最初だったとされています。  本格的に整備されたのは古代ローマ帝国でした。「元老院とローマの人民」を表すSPQRの文字が彫られ、今もローマのシンボルになっています。また映画「…
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毛染めの風習は古代から

 人は昔から様々な方法で髪を染めていました。日本ヘアカラー工業会によると古代エジプト人は、へナという植物を使い、爪や髪を赤や橙色に染めていました。紀元前1世紀のローマでは、遠征から凱旋したカエサルが北欧系の金髪女性を連れ帰ったことをきっかけに、貴婦人の間で金髪が大流行しました。灰を塗った髪を一日中、日光に当てて脱色するなど涙ぐま…
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