テーマ:雑記

毛染めの風習は古代から

 人は昔から様々な方法で髪を染めていました。日本ヘアカラー工業会によると古代エジプト人は、へナという植物を使い、爪や髪を赤や橙色に染めていました。紀元前1世紀のローマでは、遠征から凱旋したカエサルが北欧系の金髪女性を連れ帰ったことをきっかけに、貴婦人の間で金髪が大流行しました。灰を塗った髪を一日中、日光に当てて脱色するなど涙ぐま…
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洋食店の賄い食が進化

 チキン南蛮といえば、好きな人も多いでしょう。揚げた鶏肉を甘酢やタルタルソースなどで味付けしたもの、1960年代に宮崎県延岡市で、市内の洋食店の賄い料理を基に考案されたといわれています。  2人の従業員が独立して、「直ちゃん」「おぐら」という飲食店を近くに構えた際に「チキン南蛮」と銘打って出したものです。最初は今とは異…
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それは地図の製作から始まった

 ジグゾーパズル、それは18世紀後半に英国の地図制作者が考案したとされています。石井國學院大副学長によると、地図を木の板に貼り付け、国などの境界線に沿って切り離したもので、子どもに地理を教える教材でした。当時は「解体地図」という名前で、大変高価なものでした。  その後、複雑な形に切るために糸ノコギリ(ジグゾー・jigsaw…
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経済の要として動いている

 世界最古の本格的な証券取引所は、17世紀に当時金融の先進国だったオランダのアムステルダムに設立されました。同じ頃に、アジアと貿易を行うオランダ東インド会社が世界で初の株式会社となり、株式の取引が活発になったことがきっかけでした。  英国では、ロンドンの中心部のコーヒーハウスに商人たちが集まって取引していて、店が177…
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お経ではなく、時刻を知らせる道具だった

 読経などに使われる木魚、様々な宗派で用いられ、打ち鳴らすことで人々の読経のリズムを整える効果があります。公益財団法人・禅文化研究所によると、遅くとも1000年ほど前には中国の寺院で「木魚」と呼ばれていて、僧侶に食事などの時刻を知らせる実用品として使われていたそうです。  当時も魚の模様があしらわれていましたが、形は今…
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自動改札はいつから始まったか

 世界で初めて設置された鉄道用の自動改札機は、1967年3月に阪急千里線の北千里駅に実用化され設置されました。当初、開発に携わったのは近鉄と大阪大学、立石電機(現在のオムロン)で、60年代の高度成長期に乗客が増えて、ラッシュ時に改札にできる長蛇の列を自動化により解消しようとするのが目的でした。  開発には処理速度など難…
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さすが日本の平和利用の産物

 はかなくも美しいあの火花に根強い人気のある線香花火、その誕生は1600年代の日本でした。戦国時代に鉄砲と共に伝来した黒色火薬が、後の天下統一で活躍の場を失い、江戸時代になり「平和利用」として、花火に用いられるようになったのです。  当時は、わらしべの先に火薬を詰めたもので、香炉や火鉢に仏壇の線香のように立てて遊んでい…
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西欧の馬車をヒントに文明開化

 腰掛け付きの二輪車に客を乗せて車夫が引いて走る人力車、これは欧米文化の伝来ではなく、東京の日本橋で料理人をしていた和泉要助ら3人が1869年(明治2年)に、街を行き交う西洋の馬車や荷車をヒントに発明したものです。  和泉らは70年に東京府から許可を得て日本橋で営業を始め、当初は物珍しさもあって多くの江戸っ子が見物に集…
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古来、日本で考案された夏の必需品

 扇子は、奈良時代から平安時代初期にかけて日本で考案された「檜扇」がルーツとされています。 檜扇は、文字を記したヒノキの木簡の片端に穴を開け、ひもでつないだ物です。ただ、今のように涼をとる道具ではなく、儀式の次第など長い文章が必要な場合に、木簡の束がバラバラにならないようにした現在のノートのような物でした。  今のよ…
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日本発の発明が世界へ

 カーナビゲーションシステムは、今では全車に普及していますが、世界に先駆けて開発したのは日本のメーカーであるホンダです。1981年に発売しました。ホンダの技術者は、現在位置を把握する航空機などの機器に着目して、試行錯誤の末に自動車への搭載に成功したものです。  当時、走行エリアが変わる度に画面上のフィルム式の地図を手…
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靴ひもが結びやすくなったのは

 ファスナーは、1891年に米国の発明家のホイットコム・ジャドソンという人物で、靴ひもを簡単に結べるようにと考案したのが起源だそうです。93年にシカゴで開かれた万博で注目され、別のメーカーが改良を重ねて今のような形に進化させたものです。  1920年代前半には、閉める時に出る「シュッ」という音の擬音語として「ZiP」か…
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送電ではなかった電柱の役目

 電柱は、19世紀前半に米国の首都、ワシントンと北東部のボルティモアを結ぶ約60キロに設置されたのが最初だった。当時は、モールス信号を送るケーブルを架けるために使われました。  日本では1869年、港のある横浜に整備されました。これも送電ではなく、電信に使われていたため「電信柱」と呼ばれました。戦後に電気や電話の需要拡…
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中国から伝わった調味料

 しょうゆを漢字で書くと、「醤油」となりますが、そのルーツは古代中国の「醤ジャン」という食品だといわれています。醤は塩漬けした野菜や肉などを発酵させて作られたもので、日本には5~6世紀頃に伝わったそうです。 当時はどろっとしていて、調味料やおかずとして重宝されていました。  現在のしょうゆに近くなったのは13世紀頃と…
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こんなに古い時代からあった奨学金制度

 経済的に困窮して、修学が困難な者を援助するこの制度は、古くから存在し古代ローマ法にも記述があったそうだ。本格的な制度となったのは、16世紀末の英国で始まったとされています。  日本で最初に見られたのは、奈良時代の757年に始まった「勧学田の制」という制度だとされています。 役人を養成する「大学寮」という組織に田を与…
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世界で初めて実用化したのは日本の町工場だった

 海洋国の日本で、漁業は大変大切な産業である。  それをもっとも効率よくするのが魚群探知機である。その魚群探知機は、戦後まもない1948年に長崎の町工場で世界初の発明として実用化された。  開発したのは、当時、漁船の電気工事を手がけていた古野電気という会社で、「海から泡が出ている所に魚がたくさんいる」という話しを聞い…
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マッサージチェアは銭湯から始まった

 1954年に、大阪のフジ医療器製作所(現在のフジ医療器)が世界で初めて商品化したのが自動で肩や腰などの凝りをほぐしてくれるマッサージチェアです。  銭湯用の清掃ブラシを販売していた創業者が、10円を入れると3分動くコイン式の製品を売り出したのです。  当時は、まだ資材も不十分な時期で、試作段階では背もたれに2個…
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万人に好かれるスナック菓子ですね

 ジャガイモの作柄により品数が左右されるポテトチップス、その誕生は1853年に米国ニューヨーク州のレストランで、客の苦情がきっかけでした。「フライドポテトの切り方が厚過ぎる」というクレームに怒った料理長が、意趣返しでわざと紙のように薄くスライスして揚げたところ、評判となり料理本で紹介されたりして広まったそうです。 …
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みんなの好きなメニュー

 「おふくろの味」とも言われている家庭料理の定番の肉じゃが、そのルーツは20世紀初めの軍隊の食事にあるそうです。当時は、ビタミン不足が原因で脚気に悩まされる兵士が多く、栄養豊富な牛肉やじゃがいも、タマネギなどの食材を採りいれることが考えられたのです。  肉じゃがという名称が広く定着したのは1970年代に入ってからで…
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最近は下火になって来ました

 毎年5月1日は、労働者が集会やデモ行進などをするメーデーです。その語源は5月を指す「May」で、1890年から世界各地で開かれています。  米国のシカゴなどで1886年5月1日に、約35万人の工場労働者たちが「1日8時間労働制」の導入を求めてストライキをしたのがきっかけでした。スローガンは「8時間は労働、8時間は休息…
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大阪で生まれた簡易宿泊施設とは

 カプセルホテルという簡易宿泊施設、寝具や照明などの設備が箱型の個室にコンパクトに収納されまとまっている。1979年に大阪市で生まれたものです。市内でサウナを経営していた会社が、大阪万博で出展された建築家の黒川紀章氏の「カプセル住宅」に注目して、黒川氏に設計を依頼したものです。  高度経済成長は終焉していましたが、当時…
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「この頃、新聞を読んでいると、どうにも疑問が~」について

「この頃、新聞を読んでいると、どうにも疑問が~」について おっしゃる通りですね。 新聞は、本来は中立的な立場といわれますが、どこの国でも時の政府の意向をさりげなく入れ込んで報道しているようです。戦前はまるで政府の代行機関とも思える報道をしていたA新聞などは、戦後はまったく反対の立場で反日報道ばかりしている様ですし、自分自身の的確な判断…
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