玉川上水の碑を見て
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作成日時 : 2009/01/02 15:50
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ここは境橋という場所、千川上水との分水口がある。少し先を北方向へ行くと「境浄水場」があり、日々お世話になっている水道の水を供給している場所でもある。
これが千川上水を上から覗いた場所である。
玉川上水と言うのは、江戸時代に、玉川兄弟が江戸の水源を確保するために私財を投じて工事を行い、1653年(承応2年)4月4日開削工事開始、同年11月15日開削工事完了。翌年1654年(承応3年)より江戸市中への通水が開始された。羽村(現在の東京都羽村市)から四谷大木戸(現在の東京都新宿区四谷)までの43kmが露天掘りで、四谷水番所からは木樋や石樋などで地下水道となっていた。江戸の飲料水の貴重な水源であり、露天部分には見張りのための番小屋が設置され、付近の住民による放尿や生活排水の投棄などの汚染がなされないように、役人が厳重に取り締まっていた。1722年(享保7年)以降の新田開発によって多くの分水(用水路)が開削され武蔵野の農地へも水を供給し、農業生産にも大いに貢献したとされている。
この少し先にあるのが、この「うど橋」である。かっての武蔵野はうどの生産が盛んな場所でもあり、現在も「立川うど」は名産品にもなっている。
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