小説「大菩薩峠」発祥の地
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作成日時 : 2008/10/02 14:15
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羽村駅から多摩川へと向かう。
途中、立ち寄ったのが、このお墓である。あの世界一の長編小説、「大菩薩峠」で有名な作家中里介山の眠る場所だ。中里 介山(なかざと かいざん、日本の小説家。本名は、中里 弥之助と言う。神奈川県西多摩郡羽村(現在の東京都羽村市)に精米業者の次男として生まれ、玉川上水の取水堰にほど近い多摩川畔の水車小屋で生まれたとも伝えられる。生家は自由民権運動で三多摩壮士と呼ばれた人びとの根拠地で、民権運動の気風が色濃く残る土地であった。長兄は早世しており、少年時代に農家であったが、父の代で離農したため土地を失い、不遇の時代を過ごした。明治31年(1898年)西多摩尋常高等小学校を卒業後に上京し、日本橋浪花電話交換局での電話交換手や母校の代用教員の職に就き、一家を支えた。この時期に松村介石に傾倒し、号の「介山」も松村にあやかるものだという。
そこから少し先に禅林寺がある。介山の菩提寺であり墓は、ちょうどこの寺の真裏に当たり、この寺からも行ける。禅林寺」という名の寺は、同じ多摩・武蔵野地域の三鷹市にもあり、ここには森鴎外や太宰治が眠っている。場所は違っても、文豪が同じ名前のお寺に眠っているのは因縁があるのだろうか。
なお、羽村市の禅林寺には、「豊饒の碑(天明義挙記念碑)」も建っている。天明の大飢饉の際に、羽村周辺の名主たちが、困窮する農民たちの生活を守るために、食料を買い占めていた富商を襲った一揆を、正義の行動だと賞賛して建てた物だと云われている。
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